温泉センターでの出来事と、沸き起こる感情
先日、薪の運搬をしました。 重労働だったので、パパがごほうびに近くの温泉センターに連れて行ってくれました。温泉センターでは、上の子はパパと、下の子はママと入りました。
お風呂から上がると、下の子がイチゴジュースを欲しがりました。でも、オレンジとりんごのジュースを家から持っていっていたので「これを飲めば?」と私は言ったのですが、下の子は頑として聞きません。周りには子どもが欲しそうにウロウロしている子もいるのですが、親は買うつもりもないらしく誰も買っていません。何回か言いましたが「絶対買うんだ」と聞き入れません。
パパから携帯に電話があり、「早くして」ということだったので、根負けして買うことにしました。自分で買うというのでやらせたのですが、数字を押して決定を押すときに、1の番号を1つ余計に押してしまったものだから、11番の違う商品が出てきてしまいました。「これじゃ駄目だ」と、また駄々コネが始まってしまいました。座り込んで、頑として聞きません。
パパからは急かされているし、結局もう一本買うことになったのですが、私はすでに怒りの限界に達していました。
普通のお母さんだったら200円ぐらいのことで怒らないかもしれませんが、「持ってきたジュースを飲まなかったこと」「間違って数字を押したことなど」で、完全に頭にきてしまいました。
子どもだから間違いは当然あるでしょう。後から考えればそう思います。でも、そのときは一発パシッと軽く頭を小突いてしまいました。でも下の子は、ジュースを買ってもらえた嬉しさなのか、全然平気でニコニコしています。
私はこういうとき、「自分の子どもの時は……」とすぐに考えてしまうのです。私の母はお出かけなどほとんどしませんでしたので、こういうシチュエーションは考えられません。 でも、もし同じことをしたら、まずヘマをしたことについて怒鳴りつけられ、私の性格にまで話が及び、食事をしていてもまだグチグチと言われたでしょう。母と比べるのはよくないと思っています。 でも、自分が今までされてきた理不尽さを思うと、こうした場面でそうした気持ちがムクムクと沸いてしまうのです。
その後も、余計に買ったジュースを下の子が兄と取り合いして、私が「1本あげれば」と言っても聞きません。食事の直前までワーワー泣いていました。
普通の親の姿から学んだこと
食事が終わって「ソフトクリームが食べたい」というので、今度はパパが2つ買ってきました。下の子はパパが「座って食べなさい」と言っているのに、歩き回って食べていました。案の定、ソフトを床に落としてしまいました。 でも私はパパに任せて、何も言いませんでした。パパは一言だけ注意して片付けてくれました。「普通の親だったらここで終わりにするのだな」と、私はそこで学習しました。
心理学の実験から見つけた「心の傷を乗り越える方法」
以前、学んだ心理学の講座の中で、 「障害物があって、目標があるのとないのと、どちらが勢いがあるのか」 を、体を使って実験したことがあります。
一人が障害物になって腕をのばし、歩いてくる人の邪魔をする。歩いてくる人は、目標のかばんがある状態とない状態をそれぞれ体験します。 その結果、歩いてくる人は、目標がある状態のときは多少の障害や痛みがあっても乗り越えていけるということがわかりました。
ということは、心の傷も同じなのだと感じました。 目標があればそこに向けて進める。目標がないと、その障害物にばかり目がいってしまって怖れを感じるということです。
ならば、アダルトチルドレン(AC)も目標を持てば、心の傷も乗り越えられるのではないかと私は仮定しました。
ただ、普通の人のようにはいかないと思うので、自己責任において自分でケアしながら進む必要があると思います。ときには専門家の力を借りることも大事です。そうでなければ、引きこもりや燃え尽き症候群になって自分がボロボロになる可能性があるから……。
自分自身、実際体験しないとわからないのです。理論では頭に入れたはずなのですが、一歩ずつ自分のペースでケアを重ねながら進んでいきたいと思います。
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