七田式通信コースの保育プログラムを続けて早数年。 「豊かな発想・想像力、読む力・書く力・計算力、運動力・親切・敬の心を育てる」ことを目的としたこの講座は、創作表現・速読・高速計算・記憶力・健康・社会性を身に付けることができるとされています。
親がアダルトチルドレンだった私は、自分が経験したような苦労を子どもにはさせたくないという思いから、この通信教育を育児の指針にしてきました。 毎月届く手紙による個別指導を受けながら、「認めて・ほめて・愛して育てる」という愛の教育、そして親から子どもへの温かい暗示を大切に日々取り組んできたのです。
この教育の根底には、親子の確かな信頼関係が不可欠です。右脳教育や早期教育の一面もありますが、「母子の温かい一体感」という土台がなければ右脳は開かないとされています。不安を抱えながらも、私なりにここまでやってこられたのは何よりの試行錯誤の連続でした。
1歳・2歳からの取り組みが育んだ「右脳の回路」
七田式の13のカリキュラム(イメージトレーニング、ESP遊び、記憶遊び、暗唱、フラッシュカード、読み、基礎概念、かず、手先、運動、英語音楽、心しつけ)の中でも、イメージトレーニングとESP遊びは子どもの能力を大きく伸ばしてくれました。
ESPを磨くことで第六感が働き、人の気持ちがよく分かる子に育つといわれていますが、我が家でも幼い頃から少しずつ取り組んできた中で、その能力の一端が垣間見見える瞬間がありました。
たとえば、カードを高速で10回ほど見せて答えを聞くと100%正解したり、プリントは最初の1問をやるとパターンを掴んであとはすらすら解いてしまったり。 まだ2歳頃のオムツをしていた時期、高等数学の方程式につながるような小数や分数のカード(1/10=0.1など)を見せていたときのことです。途中でふらっとどこかへ行ってしまい、戻ってきたときに「見ないの?」と聞くと、子どもが「一応みておくか」と大人のような口ぶりで答えたのには、本当に驚かされました。
数学が苦手だった私にとってはうらやましいほどのスピード感ですが、これは何回も問題をこなすのではなく、「一度パターンがわかれば答えを出せる」という右脳独特の回路が自然とできたのだと感じています。もちろん、右脳教育はあくまで「愛の教育」です。悪用しないよう、心の教育や愛着形成を一番大切にしてきました。
学校でのトラブルと、言葉が持つ「暗示」の怖さ
そんな子どもたちも成長し、学校や社会へと行動範囲が広がっています。 先日、上の子が学校から帰ってきてこんな話をしました。
「Kちゃんはぼくに対してしつこくていじわるなの。それでね、『ぼくはばかだから』って言うんだよ」
Kくんは隣の家の子で、同級生かつ同じクラス、しかも席まで隣という偶然の続きでした。放課後も一緒にサッカーチームでボールを追いかけたり、公園で遊んだりする仲ですが、時にはトラブルもあり、その日も目の上を腫らして帰ってきました。 子ども同士のケンカなので手当をして慰めましたが、ふと気になったのがKくんの「ぼくはばかだから」という一言です。
1年生の子どもが、自分でそんなふうに言うでしょうか。夫と話していたとき、「親が普段からそう言っているんだろうね」という話になりました。 もしそうだとしたら、子どもの潜在意識にその言葉が深く刷り込んでしまっていることになります。かつて私が母からかけられた言葉に苦しんだように、Kくんも大人になっても自分を否定し続けることになるかもしれない……そう思うと、胸が締め付けられる思いがしました。
だからこそ、私はすぐ上の子にこう伝えました。 「自分のことをバカになんて思っちゃいけないよ。〇〇はいい子だからね。かけっこでもじゃんけんでも、自分は早く走れる、自分は勝てるってイメージトレーニングしてごらん」
息子は素直にうなずいてくれました。 大人が何気なくかける言葉の「暗示」や、イメージトレーニングの力がどれほど子どもの心に影響するかを、身をもって痛感した出来事でした。
親が完璧でなくていい。まわりの人に助けられていい
ヤンキースで活躍した松井秀樹さんのお父さんの本に、こんな言葉があります。
「子どもが成長するに従い、学校をはじめ地域社会へと子供の行動範囲は日に始まり拡大していきます。ここまで成長すると親だけで子供を本当に健全な人格に育成するのはなかなか困難になってきます。多くの大人にかかわってもらっていろいろなことを教わり、叱咤激励されなければ成長しません。家の外には当然、さまざまな考え方を持つ人がいます。そういう人たちの指導に素直に順応しうるかどうかでその子の伸び方にも大きな影響が出てくると思います。またそこには親にはできない子供に絶対必要で重要な育成が隠されています」
アダルトチルドレンとして育った私にとって、「自分が完璧な親でなければならない」と一人で背負い込んでいた肩の荷を、この言葉がふっと軽くしてくれました。
子どもの成長にしたがって、親以外のたくさんの大人の助けや、習い事という環境が必要になる。親の自分が足りないところは、習い事の先生や周りの人に助けてもらえばいいんだと思えるようになったのです。 習い事というと、どうしても技術の向上や他者との比較に囚われがちですが、「親以外の温かい大人や環境に子どもを預け、一緒に育ててもらう」という別の視点を持っていいんだと気づかされました。
アダルトチルドレンの私がどこまでできたのか、不安で半信半疑だった日々。 それでも、子どもたちを信じ、良い暗示と愛を注ぎながらここまで歩んできた道のりは、間違いなく私たちの確かな力になっています。
これからも、子どもたちが自分の足で未来を切り拓いていけるよう、温かい眼差しで寄り添っていきたいと思います。



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