押入れに入って息を殺して泣いた
受験が終わって毒母から言い渡されたことは
「学校の授業料以外のお金は出さないから自分で全部何とかしなさい」
ということだった。
子ども時代からおこづかいはすべて母が管理していて余計なものは一切買えなかった。
受験料もこの中から支払ったが1年の前期が終わると貯金も底をついていた。
だから必然的に働かなければ後期の交通費さえ出ない状態だった。
試験はかなり大変だったので終わってから職探ししようと思ったのが間違いだった。
探しても短期の仕事がないのだ。
今思えば職探しも始めての経験で要領が悪かったとは思うのだが
それにもまして毒母は私を攻め立てた。
仕事がなく、お金がはいってこないという状態だけでもつらいのに
あまりの攻撃に私は押入れに入って息を殺して泣いた。
母という人は子どもを見守るということができない人だった。
そして極め付けにいつも
「あんたは何をやってもだめね」
ということをいうのだった。
この言葉をいわれると未来に進む勇気が持てないばかりか、
恐怖心が伴って私は問題をよけい引き伸ばしてしまうのだった。
このバイト問題も暗礁に乗り上げたかに見えたが
気の毒に思った叔母が以前、自分が勤めていた
チョコレート工場の仕事を探してきてくれた。
さっそく次の日から仕事に出かけた。
そして夏休みいっぱい働いて私は
定期券のお金と後期の必要経費をやっと確保できたのだった。
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