我が家の金銭教育
息子はここ2週間、毎日トイレ掃除に励んでいます。これは労働とお金の教育の一貫としてはじめました。労働に対してお金を払うのはどうかという意見もあるのを承知で実践に入りました。
ことの発端は夏休みに夢中になった「ムシキング」からです。夏休みは私の妹と行動することが多くて姪のRちゃんはゲームセンターの「ラブアンドベリー」を出先で必ずするのです。「ラブアンドベリー」は女の子のムシキング版でとても女の子の人気があり、行列が出来ています。
彼もそれをみていてムシキングをやりたがりました。たまたまおじいちゃんからもらったおこづかいがあったので「1回につき、300円でこづかいの範囲でやってね」ということで許可したのですがあるとき「もう一回」とか「もう2回」とか約束を守らずに2回ほどやってしまいました。
そして案の定、おじいちゃんのお金がなくなってもっとやりたがりました。でもそのころちょうど夏休みが終わり、私もほっとしたのですが…。
このことでお金は湧いて出てくるのもではないと言うことを学ばせなければと思いました。「パパが働いたお金だから」と口で言っても聞き分けなかったのでここは自ら労働によってお金を得ることでお金の大切さを学ばせようと思いました。
すぐ図書館に行ってコンピュータで検索し、「子供とお金」の本を予約しました。その中でよかったのが「子供のおこづかい練習帳」です。
これは親と子供が仕事を契約してつつがなく、仕事をしたら年齢によって金額はかわるのですが用意した3つの瓶に1週間ごとに振り分けておこづいをあげるというものです。3つも瓶は「勉強のお金」「楽しみのお金」「貯金のためのお金」となっています。
ちなみに我が家では1週間3百円です。ですから1ヶ月のこづかいは1200円ということになります。小学1年生にしては多い額ですが計画性を持たせ、実現可能にするのにはこの額が妥当だと本には書いてありました。
3つの瓶の内訳は「勉強のお金」は学校で使うものを買う、「楽しみのお金」は好きなことにつかってもよい、「貯金のためのお金」はゲームボーイなど欲しいものを貯めて買うお金になっています。
3つにわけたのと1週間後ごとにあげることで全部いっぺんに使ってしまわないようになっています。
またこれは簡単な方法で計画を立てたり、目標をもつ習慣をつけるという大きな取り組みでもあります。
実践的には労働したら親が払うので子供にやる気を持続させる仕組みになっています。
息子は毎週、3つのびんのなかにお金を入れてもらうのを楽しみにしていて今のところ、毎日(私が声がけすることも多いですが)トイレ掃除をやっています。この仕事を選んだのは息子です。仕事は簡単なものでも良かったのですが私は「毎日何があってもやってもらわないと困る」といいました。
すると息子が即答で仕事を決めたのでお願いすることにしました。みんなの役に立っていると言うことも彼の支えになっているようです。
とりあえずこの方法で我が家の金銭教育はスタートをきりました。
金銭教育と反面教師
金銭感覚についてはしっかり子供に教えていかなければいけない項目だと最近、感じている。
それはやはり私の両親のやり方に問題があったからだ。私は母に閉まり屋のけちだといわれ、妹は浪費家とレッテルを貼られている。弟に関していえば思春期に親戚を巻き込んで両親をとことん困らせた。そして現在では非常にケチだと親戚では有名だ。
なぜこうなったかといえば母の金銭に対するバランスが悪かったからだといえる。我が家ではサラリーマンの父が働いて財布は母が握っていた。父のお小遣いから会社に行くガソリン代も出していたし、父の自由になるお金といえば出張に行った手当を貯金したお金だけだった。
母は親戚からもらう私たちのこづかいも徹底的に管理した。母の言い分はこうだ。「お母さんたちが親戚つきあいをしているからあんたたちにこづかいをくれるんだ。だからお礼も言わなければいけないことだし、お母さんが預かってあげるからそれはお母さんに渡しなさい。」と私と妹は言われていた。いま考えると不思議なのだが妹と私はそれに従っていた。たぶん母の虐待が怖くて縛られていたからだと思う。
私は小学校4年生からこづかいはもらっていたがそれはピアノにいく交通費に消えた。だから時々ガムを買うぐらいのお金しか手元になかった。文房具や学用品は母に預けたお金から買った。私と妹はクリスマスと誕生日とお正月はいつも一緒だったがそのときでさえ、自分の好きなものは買ってもらえなかった。唯一、叔母の家に泊まったときだけお菓子やおもちゃを買ってもらえたので長い休みが楽しみだった。
ただ、いま自分が親になって金銭のやりくりは大変だと思うし、私も子供のこづかいを預かって教材費にあてているので母の大変さはわかる。でも特別の行事やおまつりの時にもお金を使わせなかったのには問題があったと思う。きのうおとといの話ではないが「子供には間違いながら学ぶ必要がある」ということは金銭教育にもいえると思うからだ。
母は私たちが無駄づかいをすることを極端に嫌った。たとえ自分のこづかいでも。たとえば小学生の低学年でピアノの帰りだったと思うが母と妹と私で買い物に行った。
母が買い物に行っているあいだ、がちゃがちゃのある休憩所で妹と私は母を待っていた。私はいつもはそんなことをしないのだがその日に限って自分のささやかな小銭を持っていた。とっても暇だったので妹に「お母さんに内緒だよ。」といって二人でがちゃがちゃをした。
「お母さんに内緒だよ」と妹に言ったのは幼心に母に怒られると感じていたからだろう。果たして母が買い物から戻ってきて妹が母に告げ口してしまった。その時の母の顔と自分自身の罪悪感を私はこれからも忘れないだろう。
母は「お父さんが一生懸命働いたお金をあんたはなんだと思っているのっ。お母さんはあんたのことはもう知らないからっ。」といって私をおいて妹と歩いて行ってしまった。私はそのあとを家まで決まり悪そうに歩いた。妹が時々後ろを振り返って私にあかんべーをした。それからだ。私が「これからは無駄づかいをしない」と幼心に心に誓ったのは。これが私の金銭感覚に関する原点だと思う。
妹は反対に高校を出て働きだしてからいままで母に抑圧されていた分を浪費し始めた。かろうじて母が毎月2万円貯金させ、あとは好きなように使った。ぬいぐるみを大量に買ったり、洋服を山のように買ってきたり、部屋には漫画やお菓子が山のようだった。おまつりにいっていままで禁止されていた出店にもいったようだった。子供時代憧れて買ってもらえなかったりかちゃん人形のおもちゃも買ったようだった。でも嬉しくなかったと言っていたが。
弟は母が溺愛していたので比較的お金は自由になったようだった。親戚からもらうこづかいも自分でため込んでいた。母の言うことはいっさい聞かなかった。高校生になって妹や私が働き出すと私たちの財布から一万円札を抜いたりした。妹はかなりアバウトだったからしばらくは気がつかなかったが。私はよほどのことがない限り、財布に大金は入れなかったから弟が持っていったとしても3千か4千円だったと思う。
でも彼はそうしたお金を貯め込んで高校生らしからぬ大金を持っていた。なぜそれがわかったかというと彼の財布が電話の横にあったからだ。つい見るともなしに財布を落としてしまって中を見たら50万円入っていた。「私より金持ちじゃん」と社会人1年目の私は思ったものだ。
それから数年たって彼は浪人した。その時、彼は谷村有美のファンでファンクラブに入っていた。はがきでコンサートの案内を母が弟に渡さなかったという理由で弟は家の中で大暴れした。国内コンサートに行けなかったのでハワイでのファンクラブのつどいに行くと言いだした。その旅行には50万かかるという。浪人中でもあることだし、そんなの無理だよと家族が説得しても聞かないし、終いには暴れて玄関の壁に大穴をあけてしまった。そして両親は手に負えずに親戚を呼び、親族会議が始まった。弟はどうしてもハワイにいくという。弟は言い出したら聞かない。
これも両親が弟を溺愛して自由と責任の割合を教えなかったからだ。そして両親は小さい頃から放棄してきた問題に思春期になって向き合うことになった。でも自分たちの手で何とか出来ずに叔父や叔母を呼んだ。いま考えるとこれは両親がACの共依存症だからだと私は感じている。両親のようには絶対ならないと社会人3年目の私は自分自身に言い聞かせた。結局、弟はみんなの反対を押し切ってハワイに行った。何年もかかって貯めた父のへそくりを使って。
その後も弟はアメリカに留学したいとわがままをいって両親を困らせた。そのころ妹ははじめの結婚で家にいなかったから両親は弟が暴れ出すと私の部屋に逃げ込んできた。また別の日には父が包丁を持ち出して母と私が必死になって止めたこともあった。そのころの我が家は新聞で騒がれるような事件が他人事ではなかった。そしてまた親族会議だった。さすがに弟は2浪もしていたし、みんなに説き伏せられてその時は諦めたようだった。
でもいまでも、彼の親に対する恨みは消えていないと感じている。特に母親に対する憎悪は想像に難くない。母はいまでも弟と孫を比べるくらい弟を自慢の息子に思っているのだが弟は母が大嫌いだと言っている。いまも私たち兄弟にとって母の問題は過去の問題となっていないのだ。
そして私はいま、両親を反面教師にしている。



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