少し前にちょっとショックなことがありました。そのため、私自身ここしばらく体調を崩し、寝込んでいました。きっと気持ちに身体が反応したのでしょう。
それは学校のクラスだよりからでした。なんでも6月と7月にかけて教室からいくつか物がなくなっているので道徳の時間にみんなで話し合ったという報告でした。なくなったものとしておまつりで買ってもらったきれいな石、鉛筆削り、消しゴムのケースなどでした。そして「返ってくることを願っているよ。」と先生から子供たちにメッセージを投げかけたとのことでした。ついては保護者のほうでも子供が持たせていないものを持っていたら聞いてみてくださいとのことでした。
私は2週間ぐらい前に息子がきれいな石を学校から持ち帰ったことが気になっていましたので再三彼に「この石どうしたの」と聞いていました。そのたびに「学校の帰り道拾ったんだ。友達と一緒に」というのではじめはそんなこともあるかなと思っていました。
でもこのプリントをみて彼を追求しました。はじめは拾ったとの一点張りでしたが私と目をそらすし、「じゃあ、拾った友達のお母さんに聞いてみる」と私がいうと彼はあわてた様子でつじつまのあわないことをいいました。
それからかなり粘ってとうとう教室の机から取ってきてしまったこと、道徳の時間「はっとしたこと」などを告白しました。私はそれまでのきつい口調から告白した後は意外にもやさしい口調で「そうだったの」と彼を受け入れました。でも悪いことは悪いのです。
夫が帰ってから「人のものをとってはいけないこと」「うそをついてはいけないこと」をきつく言い聞かせました。夫はあまりきつくすると反抗するからとすぐ手を緩めましたが私はその後の対処をどうするかを子供に考えさせました。夫は初めてだからこのくらいで今回は怒るのをやめると言いましたが先生に説明したり、相手の子や親に謝ったりするのは私です。
息子は「自分が先生に落ちていたと説明する」と言うので夫と私は「それではだめだ」といいました。まだ早い時間だったので夫と相談して先生のお宅に電話することにしました。
先生は私の剣幕に「お母さん、落ち着いて。彼はそばにいませんか」と言われましたが私が「そばにいます。初めての子なので間違ったことをしてはいけないと思いまして」と申し上げると先生はきつい口調で「じゃあ聞きますけどお母さんは子供の頃、間違ったことないんですかっ。子供はたくさん間違っていいんです。たくさん間違って学習するんですから」と言われました。
でもはっきりいってこの言葉は私にとってきつかったです。私の子供時代は母や先生のレールにしかれて間違ったことをすると虐待や叱責が待っていました。
たとえば私が息子と同じ小学校一年生の掃除の時、窓辺においてあった朝顔の土の植木鉢を割ったとき、先生が理由も聞かずに私を叱りつけたのです。そして割った植木鉢の友達を呼んできて「彼女に謝りなさい」と私の身体を押さえ付けながらゆすって命令しました。
私は悲しかった。わざとではなくひじがぶつかったという理由も聞かずに早急にそういわれたことが。周りの友達に罵声を浴びせられたことが。友達や先生に冷たい視線を感じて一刻も早く家に帰りたかった。家に帰ると母と叔母がいて私が泣きながら説明すると叔母が「それは先生がいけなかったね」とやさしく言ってくれたのがせめてもの救いだった。でもいま、その時の母の言葉や表情は思い出せないのだ。たぶん叔母の手前、母は何もいわなかったのかもしれないがもし叔母がいなかったらと思うといまでもぞっとする。
その体験の他にも私の小学時代は先生に恵まれなかったため、そういう窮地に追い込まれるようなことがたくさん起きた。でも親も先生も助けてはくれなかった。だから息子の先生の言う「たくさん間違えていい」なんて発想はなかったのです。ただ「いけないことはいけないと叱らなくては」という私の一途な思いに冷水をかけられたようでした。そして「私はそうじゃなかった」と先生に言いたかった。
でもぐっと飲み込んで先生に次のお願いをした。「今回もし息子がその石を持ってきたとしたら悪いことをしたのですが今後、いじめの問題に発展したらかわいそうなのでみんなの前で叱らないでいただけますか。先生はベテランですからよくご存じだと思いますが」と。すると先生は「当たり前じゃないですか」といわれたがそうじゃない先生もいるから私は自分の経験上、念を押したのだ。
続けて先生は「いいですか。私はあした彼が元気に学校にきてくれることを望んでいます。まだ彼の話も聞いていないし、そうと決まったわけではありませんから。私はそれより彼が学校に来てくれなくなると困るんです。あした彼から話を聞きますからあまり叱りすぎないように」と釘を刺されました。電話が終わった後、彼は寝ていました。
朝起きると私は一連の事件と昨晩、先生にいわれた言葉が胸に刺さって涙が流れました。そこへ息子が起きてきて「ママ、どうしたの」というので「あんたが悪いことをするとママは悲しいのよ」とエプロンのそでで涙を拭いていると夫が「ほら、わかったか」と息子にいいました。
息子は神妙にしていましたが昨日「今日学校に行って謝るよ」といっていたので私は例の石を袋に入れ、先生に手紙をつけて息子に持たせました。玄関先で息子が不安そうに何度も後ろを振り返るので私は彼が見えなくなるまで見送りました。
その後、すぐ先生から電話で息子が「石を取ってしまったこと」を告白し、「どうしたい?」と先生にいわれたら「相手の友達に謝る」といってその友達にすぐ謝ったそうです。先生は「今回良かったのはお母さんが気がついてそのままにしなかったことです。今日帰ったら「お母さん、ほっとしたよ」といってあまり叱らないでください」といわれました。
その後、私は迷いましたが親の責任として相手の親のところに電話を入れました。お母さんは「うちの子も学校に必要のない物を持っていって管理もきちんとしていなくて悪かったんです。家の上の子も身に覚えのない物を持っていることもあるのでそういうこともありますよ。今回、おうちで叱ってくださったのならそれでいいです。あまり叱らないでくださいね」といわれました。「でも物がなくなって出てこないというのはおかしいので私が学校に連絡して先生に書いていただいたんですよ」と言われたので「電話しておいてよかった」と思いました。
今回のことは周りの大人がたとえ間違いであっても温かく子供の成長を見守るという形で許していただきましたがこれが先生や相手の親によっても大きく変わるのだということをあらためて感じた事件でした。
親の金銭感覚
今回の「石の事件」はそのままにしておこうと思えば出来ました。息子が拾ってきたというのを私がそのまま信じればよかったし、息子を長時間、問いただしたり、先生や相手の親にも電話しないで済んだでしょう。でもあえてそれをしたのは彼の将来を考えてのことでした。
sumieさんもおっしゃっていますが大人になって事件を起こしたり、人に迷惑をかけて欲しくなかったからです。「この石とった位は許されるのか」と息子に思って欲しくなかった。これぐらいという思いが万引きや犯罪につながると考えると厳しく叱らざるを得なかった。年齢が小さいほど間違いを正すことが出来ると感じたからでした。
七田式では「危ないことをしたとき」「うそをついたとき」「人に迷惑をかけたとき」だけ叱りましょうといわれています。そして感情的に叱らずに叱るのは3分間だけということになっています。
でもマニュアルどうりにいかないのが子供のしつけだと思います。3分といっても問いただしたり、なだめたりする時間は入っていません。母親だって感情があります。
特に私はACなので親から理不尽な叱り方や体罰を受けてきました。普通は親のやり方をまねるものですがそれをやってはいけないと心にブレーキをかけつつ、自分のインナーチャイルドの気持ちも納めて行かなくてはいけないのです。そして自分の時は親にやってもらえなかったフォローにも気を回さなければなりません。なぜなら自分の二の舞は踏んで欲しくないから。
今度の事件の発端は親の金銭感覚と子供の物欲に関係があったといえるかもしれません。「今回なんで石をとってしまったの」と息子にきいたら「だってママは買ってくれないもん」といいました。「でもこの間のおまつりの時、好きなもの買ったでしょう?」というと彼は決まり悪そうに「うん」と言いました。
実はこの事件の前におまつりにいってこのきれいな石を売っていたのでした。その時、夫は息子がその場から逃げようとしたのに気がついたと言っていましたので彼も後ろめたかったに違いありません。
私は普段、息子にいつでも何でも買い与えはしません。妹はこのやり方が母に似ていると言うのですが私はそれでもいいと思っています。反対に妹は子供が要求すればほとんど何でも買い与えます。母のように何も買ってあげないのはかわいそうだし、人のものを欲しがるといけないからといいます。私は妹のやり方には口出しはしません。でも自分のやり方はこれからも変わることはないでしょう。
ただ私は母と違って子供の誕生日やクリスマスなど特別の時は好きなものを購入させ、おまつりのときはこづかいを持たせます。今回、おまつりに行ったときも息子と娘の財布に千円ずつ入れてあげました。このときばかりは私は子供の買うものについて口を出さないようにしています。母はごくたまにおまつりに行ったとしても何も買ってくれなかった。幼心にそのさみしい気持ちを良く知っているから。また、夫もおまつりの楽しい気分を味わうのが大事だといってそのことについて賛成してくれました。
でも夫は普段、何でも買い与えるのは良くないと言いました。どうすればそれが手にはいるのか頭を使うことが大切だというのです。それを手に入れるために努力することが大事と言いました。だから今回、人の物を取ってしまったのはマイナスのことだけれども自分で手に入れるという知恵を身につけたんだというのです。それをプラスの方向に持っていくのが親の役目だというのです。
七田式では月に一回家族会議をひらき、子供に交代でプレゼンテーションさせ、親はサブに徹して子供に目標を決めさせ、何ヶ月後かにそれができたら家族でお祝いしたり、購入したいものの目標額を決めて達成したら足りない分は親が補助するということを提案しています。
また夫は親にうそをついたというもの知恵が付いたのだといいます。なんでも夫が読んだ偉人の本に子供がうそをついて表面は怒ったけれど内心母親は知恵が付いたと喜んだと書いてあったそうです。
そして夫も息子のやったことに心を痛めていましたがでも思春期でなく、いまで良かったといいました。
今回のことは同じ事柄なのに父親と母親では視点が違うなと感じました。私もできるだけ広い視野をもって子育てにあたりたいと思いました。


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